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創立記念誌
100周年

 
 
85周年

発刊によせて

小樽スキー連盟  会長 渕上裕夫
平成10年9月26日発行
 
 この度小樽スキー連盟創立85周年を迎えることになりました。

 70周年記念から15年経過したわけですが、この間の出来事をまとめておく意味からも年譜を主とした記念誌を発刊することにしました。
 この15年間、冬季オリンピックが長野大会を含めて5回開催されていますが、小樽出身の選手が活躍しているのが目につきます。また、国体・全国高校・全国中学校等のスキー大会でも小樽の選手が上位に名を連ね、特に本年は北照高等学校が全国優勝をしました。素晴らしいことです。

 “冠"大会が減ってきていますが、各種大会を開催する度に小樽市・協賛商社のご協力があるからこそ成功出来たものと存じておりますし、関係各位の皆様のお力添えと誠にありがたく深く感謝申し上げます。

 基礎スキーは連盟傘下のスキー学校が4校あり、それぞれが一般スキーヤーの育成、指導者の養成に実績を上げているところです。

 近年は長引く不景気、少子化、レジャーの多様化などでスキー界を取り巻く状況は厳しいものがあります。そのような中で明年小樽市で第54回国民体育大会冬季大会スキー競技会が開催されますが、これがスキー界の活性化の一助になればと思っています。

 最後になりますが、連盟が90周年・100周年に向け、益々地域とのつながりを深めスキー界発展に邁進することを誓うものです。関係各位のご健勝と益々の発展を祈念申し上げご挨拶といたします。
 
 

70周年

発刊によせて

小樽スキー連盟  会長 柴田信一
昭和58年11月23日発行
 
 今回、小樽のスキーの歴史を発刊するに当たってまず論議されたことは、大正9年にスタートした小樽スキークラブを原点として、小樽スキー連盟60年誌とすべきか、大正2年に苫米地英俊、奥谷甚吉氏等の呼びかけで産声をあげたオタルスキークラブを原点とすべきか、の問題だった。

しかし、苫米地さんが書き残されたものや、大きな大会を二度も主催してる現実、解散の理由、時期が判然としておること、その他を考えで小樽のスキー70年。とすることにした。

 明治の末期からわれわれの先輩は市民の冬の生活とスキーということを考え、多大の経済的な犠牲を払いながらその普及に努力したことは大変なことだったと思う。小樽高商、各中等学校、新聞社、銀行、会社などを中心に育った小樽のスキーは、競技、登山、一般スキーと最初から多様性をもってスタートしたと言ってよいようだ。

第1回全日本選手権大会開催後は競技スキーは非常に隆盛を極めた。それと同時に冬山のツアー、登山も盛んになり驚く程のスキーヤーを集めた。ワイスの登山には100名を超える人が集まったという。 10周年の記念誌(昭和5年発刊)はツアーと冬山登山の記事が主になっており、クラブの中に登山都ができた程で、この登山部が後年小樽山岳会の母体となり、発展して今やヒマラヤに挑む立派な山岳会となった。

 一方、大正の中期からジャンプ王国小樽の芽生えが始まり、故秋野会長を中心に幾多の国際選手を出しだのはご承知の通りである。またアルペン競技は天狗山というグラウンドに恵まれて、戦前戦後を通じて全日本に猛威をふるった。一般スキーも高橋次郎氏という得難い指導者を得て、今も指導者の数は300名を超えて、人口比では日本のトップになっている。

 こうして豊富な人材に恵まれ国体をはじめ各種ビッグゲームの開催も数多く、その運営力は国内において定評のあるところ。同時にこれはただ現連盟の人々の力ばかりでなく、歴史をつくっていただいた先輩、そしてスキーバカとまで言われた小樽の市民の皆さんの理解ある応援のたまものである。
          
 この度の70年を期して一層力を合わせ、市民と共にある小樽スキー連盟を目指し、先輩の労苦に報い、後の世の人によい文化の財産を残していくことを誓い、発刊の言葉とします。
 
 


小樽スキー連盟 創立70周年記念誌、85周年記念誌より


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